パチンコと僕 part 2

Nature, Composing, Animals, Sea, Ball

脱パチ279日目です。ブログを見てくれている方の中には今日も行ってしまった人もいるでしょう。

「また打ってしまった」「本気でやめるって決めたのに」
「全然確率通りじゃねーじゃんかよ・・」

分かります貴方の気持ち。痛いほどに。僕も前までそうでした。
しかし、自分を責めることだけはやめてほしい。やめられてから気づきましたが、

パチンコは自傷行為

そのものです。これはパチンコだけでなく他の依存する対象物(アルコール・薬物・たばこ・性・ゲーム)も当てはまります。
自分を責めることによって、さらに負のループに陥ります。

パチンコをやめようとしている

これだけで素晴らしいじゃないですか。中には他者に迷惑かけてもやめようとしないヤツもいますよ。こいつらと比べたら立派です。

依存症というレベルまで達してしまったら、やめることがどれだけ難しいか、、
残念ながら健常者から理解を得づらいです。

・失敗しても自分を責めない
・決して治すことをあきらめない

とにかくこれだけは忘れないでほしい。
この件に関しては後日、また別の記事で書きます。

いうて僕自身も1年も経ってない未熟者です。
一緒に頑張っていきましょう。

さて今日は パチンコと僕 の続きです。


 

:大学生の頃
初めて本当のパチンコを打ったのは、高校卒業から大学生になるまでの春休みだった。車校の下見を父と行った帰り道、パチンコ屋を見つけた。
行きたい行きたいという俺の嘆願に、渋々父は連れてってくれた。


耳を塞ぎたくなるような騒音、ズラーと並んだパチンコ台。あの頃と特に変わりはしないものの、俺の鼓動は高ぶっていた。
父とは別々に打った。二人とも1パチの台。(この頃は1パチとか4パチの概念は特に知らなかった。)

機種は ホワタァー のやつだった。親父もホワタァー。
とりあえず2千円までと決め、打ち始めた。

が、特に当たることなくそのまま2千円がのまれた。あっさり終わった。
父のところへ向かうと、どうやらフィーバーしていた。
父は先に帰ると言い、俺がその台を打つことになった。
この台、けっこう当たりが続いた。

この頃は初打ちだったため、正直 ええ、まだ続くのかよw
くらいにしか思わなかった。換金というのをぼんやりとしか知らなかったからだ。ゲーセンで打った花満開くらいの気持ちだった。

そしてようやく終わり、店員にこの後のことを聞いて換金所へ向かった。

1万6000円

 

だった。1時間くらいただ座ってただけなのに、こんな大金が手に入ったのである。18歳からしてみれば大金そのものだった。

俺はホクホクの財布を握りしめ、帰宅した。厳密にいうと俺が勝ったわけではないが、まあでもビギナーズラックだよなこれも。

 

 

そんなこんなでこれ以降、定期的に通うようになった。初めて一人で行ったときは、まるで罪を犯したかのようにドキドキしながら入店したのを覚えている。

もちろんこの頃はまだ依存症レベルまでは達していなかった。本当に遊びという感覚で行ってたし、危機意識もなかった。1パチしか打ってなかったし、大学生ながら貯金もたくさんあった。最終的に本当に暇だなーという時ぐらいにしか行ってなかった。

しかし大学1年のゴールデンウイーク後、俺は大きな大きな失恋をしてしまう。

最近になってようやく、この失恋が依存にかなり拍車をかけたことが分かった。

当時の俺はそんなことまるで分らなかったが、無意識に現実逃避としてあの現実離れしたホールに通うようになったんだと思う。

タイミングが悪かったんだなあ

 

時が経つにつれ、パチンコに行く回数は増えていった。
当然使う額も、パチンコ屋に滞在する時間も増えた。
夜の22時にバイトが終わって、22:45閉店までの30分弱のために急いで自転車をかっとばし、甘デジを打ったことも何回もある。

 

とにかくパチンコを打つ時間が欲しくてたまらなかった。


時には大学の授業をさぼり、打つこともあった。(時にはどころじゃないかも笑)

・お酒が飲めない
・お金がない(パチンコ以外の)
・パチンコの時間を削りたくない

を理由に、本当に大事な友人以外との飲みもあまり行かないようになっていた。

そのため面白いことに、飯を食う時間と歩く速さは超人的なスピードになった。時短ゆえに。

 

当然、小さいころからコツコツと貯めていた貯金は消え、バイト代も入ってはすぐに散るようになった。

さすがにまずいと思い、パチンコから離れようと決意した。確か大学1年の冬頃だったと思う。
しかし遅すぎたのである。もうこの頃からやめられなくなっていた。



気づいた時点でやめられないのが依存症の怖いとこだと思う

 

この日から26歳になるまで、


やめたい→行きたい→行く→やめたい

を何百回と繰り返すことになる。

この頃からパチンコは楽しいという概念ではなくなり、やめたくてもやめられない苦しいものに変わっていった。
また、隣の人のリーチはずれろ!! などと思うようになり、打ち方もひどくなった。

そして自分を傷つけながら、相手を偽りながらもずるずるとパチンコ地獄をさまようことになる。


この時からすでに立派な依存症だが、当時の俺は依存症かどうか分からなかった。というより無意識に認めたくなかったんだと思う。

大学3年の11月ごろ、あの手この手を尽くしてもやめられず絶望していた。そして遂に彼女(今も付き合っている大事な彼女)に打ち明けた。
・パチンコ打っていて、やめられないこと
・お金がなく、カード引き落としが厳しいこと
・彼女に話すことで辞められると思ったこと

当然彼女に泣かれた。俺も情けなくて泣いた。
結果的に彼女からお金を借りることになった。申し訳なかった。
けど、ああこれでやめられるんだと心から安心したし、本気でやめるつもりだった。

お金はバイト代が入ってすぐに返済した。
そして話を打ち明けて以降、toeicの勉強に専念した。
専念している間は、パチンコのことをほとんど考えずに済んだ。結果的に650点という履歴書にぎりぎり書けるかくらいのスコアをとることができた。

しかし

試験が終わった直後、無性に虚無感に襲われてしまった。
何か一本の線がプツンと切れたような感覚で、心苦しく、そわそわした感じだった。そしてパチンコのことが頭に浮かんだ。
もちろん、彼女と約束したため葛藤しまくった。しまくったが虚しくパチンコ屋に吸い込まれてしまった。

もう、どうすることもできなかった。


またパチンコ地獄の負のループに飛び込んでしまったのである。
2週間というあまりに短い出来事だった。

※ 何かを成し遂げた後はスリップしやすいらしい。

そしてずるずると やめたい→行きたい→行く→やめたい というループをまた経験しながら大学卒業を迎えることになる。


最終章 パチンコと僕 part 3(新社会人編・フリーター編・社会人編) へ続く

☆ 余談

パチンコ・スロットをやめられなくて悩んでいる大学生諸君へ

春休みまたは夏休みを利用して、海外留学にぜひ行ってほしい。

そうすれば必然的に1~2か月は打たない日数を稼ぐことができる。英語も勉強できるしな!
カジノが近くにあるところはダメだぞ(笑)

費用は親に土下座してでも借りてほしい。そして社会人になってちゃんと返す。(できれば自分で工面するのがベスト)

大学生で過ごす時間は、君たちが思っている以上に大切な時間だ。
パチンコ打っている間に、友達は真剣に将来のことや資格について考えたり、人とコミュニケーションをとっている。

克服できる可能性が少しでもあるなら、ぜひ行動に移してほしい。少なからず効果あると俺は思う。

どうか俺と同じ過ちを繰り返さないでほしい。


GOOD LUCK

 

投稿者: スパイダーマソ

パチンコ依存症のスパイダーマソです。地獄からの脱却を目指し、赤裸々と回復の軌跡を書いていきます。 共に回復しましょう。

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